ハチマル

週刊少年ジャンプで連載中の『サムライ8 八丸伝』を考察するブログです。

犬飼いの一分(200119)

サムライ8 八丸伝 お散歩画像その1

もう十年くらい前になるでしょうか?ケルベロス10日あまり手術入院しています。ゆっくりと暗い水の底に沈んで行くような麻酔の感覚を初めて体験しました。病院のベッドで過ごす楽しみは小さなテレビを観る事くらいでした。廊下にあるプリペイドカード販売機で購入したカードを差し込んで観るアレです。その頃、ちょうど最終回を迎えたのが『犬飼さんちの犬』TVK)でした。小日向文世さんが主演してある犬との交流を描いた作品です。犬が苦手なんだけど「犬飼」という苗字出落ち感はさて置き、登場する犬がうちの犬同じ犬種最終回消灯後のベットの上で観たように記憶しています。

お話は何て事なく、特別面白くない作品でしたけど(笑)。ところで「犬飼」とは「犬飼部」という官職由来するそうです。諸外国に比して日本の苗字は官職(職業)由来する名前少ないとされています。例えば「服部」衣服を作る職業部だったり、「矢作」を作る職業部と、まあ分かりやすいですね。それで「犬飼」も特にひねりもなく犬を飼育して狩猟や番犬として活用した職業部にその源流があります。昔から人と犬の関係であった事を伺わせますね。僕も今まで1日たりともも家に犬が居なかった記憶がなくて犬と共に歳を重ねておっちゃんになった…犬を飼う人でやはり犬飼いさんなのであります。

サムライ8 八丸伝 お散歩画像その2

僕が人として唯一守らねばならん厳に自分を戒めるのは「自分がされて嫌な事は他人にしない」であります。同じように犬飼いとしては「全ての人が犬を好きではない」を常に心の中心に据えて行動しています。僕が犬を好きだから他の人が犬を好きだとは限りません。当たり前だけど当たり前の事が分からなくなるのが「好き」という魔法なのであります。この世の中には犬がすごく怖い人だって居るし、犬が大嫌いな人だって普通に居ます。でも自分が犬を好き過ぎるそれが分からなくなってしまうので、僕は自分を戒めているのです。これは自分と他者の境界線に対する認識でもあります。

当たり前ですが、自分と他者は違います。しかし、これは当たり前過ぎて逆に伝わらないので「自分と同じ考えなのは自分だけ」という風に説明しています。これを先の犬の話に当てはめればよく分かると思います。僕が犬を凄く好きだから他の人も皆んなそれと同じだと思ってはいけないのです。偶々、僕と同じように犬が好きだという状況はよくあるけどそれが全てだと思ってはいけないと、僕は考えています。だから、僕らからは決して他者に近付かないです。それがどんなに犬が好きな人であろうと、当方に対して明確な意思表示がなければガン無視で通り過ぎます。なので何処かですれ違ったとして失礼があってもそうお含みおき下さい。

それが僕の犬飼いの一分(いちぶん)なのであります。

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